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石川県 小松市

小松市 長谷町神社の階段


村社 菅原神社




長谷町内を通ると目に付くこの階段!
w( ̄△ ̄;)w


遠くから見るとインパクトあります。





近くまで来て見ると、こんな感じ。





結構段数があります。
手すりの工事をしてあるのもうなずけます。

一気に駆け上がります!
( ; ゚Д゚)




間もなく山頂!


と思いきや、


まだチョロットあった・・・
(゚Д゚;)


でもここでの景色がよさそうなので、見ることにした。



長谷の集落が一望できる。







山頂にある長谷町の菅原神社


菅原神社由来

山紫水明の地この長谷町は早くから開けていた。
能登願生寺文書によると、嵯峨天皇の弘仁年間(810年から820年ごろ)天台の祖、最長が北陸巡化に際 し、ここに願生坊を建立し、高弟勇哲を留めたと伝えられている。
往古より集落が三ヶ所に別れ、各々氏神を祀っていた。
即ち南方波佐谷との境に天満宮、東部山麓寺谷に白山社、西山の麓に八幡社があった。
天満宮は菅原道真神を祀り、古来学問の神として崇められ、平安末期には長谷菅堂に祀られていたとい う。
戦国時代には波佐谷城主、宇津呂丹波は城の守護神として崇敬した。

加賀藩前田藩政のとき、前田家の祖先は菅原家であるとして天満宮を敬い、特に三代藩主利常は小松 在城のとき、当社に調度品などを寄進している。

時が経つにつれ、集落は最も生活に適した現在の地に集まってきた。
明治14年に三社を合併し、菅原神社と改称した。
明治41年5月、耕地整理施行に際し、現在の社地に、菅原神社を中心に、相殿社として東に白山神社、 西に八幡神社を御遷座した。









鬼瓦といえば、若杉町に鬼瓦職人が何人かいて国から褒章をもらっている人がいました。
さて、この鬼瓦も若杉町の人が焼いたものでしょうか?



撮影日:2008/02/11
Canon IXY DIGITAL 500




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